★思い出の紀行(坊津)<11 峰ケ崎半島へ


峰ケ崎半島へ

 坊泊漁港より国道226号線に引き返し、峰ケ崎へ海岸沿いを北上する。
途中、旧道との間にはさまれた三角地に赤い帽子と首掛けをした地蔵が立っている。
 「沈溺諸霊塔」

「文化五年(1808年)十一月十日、坊津に入港しようとした唐船が、大風のため遭難し乗組員九十人中六十一名が溺死した。この霊を弔うため天保十年(1839年)六月六日当地の有志がこれを建てた」と記されている。

唐船は、坊泊漁港の西方の寺ケ崎付近で遭難したと言われ、「唐船がいかり」と呼ばれている岩礁は、この時に沈んだ唐船のいかりに永い年月の間にカキや貝殻などが付着したものと伝えられている。

 

 坊浦湾と泊浦湾を南北に隔て、瓢箪状に西方に大きくせり出した半島が峰ケ崎である。その付け根に町役場の坊泊支所があり、歴史民俗資料館がある。
あぜくら造りを模した資料館は、昭和四十四年五月に開館され一乗院や古代からの海外交易の悠久の歴史における文化遺産を保存し後世に永く伝えるために文化財保護条例に基づき建設された。

歴史民俗資料館の前が、和楽園とも呼ばれている津口番所のあった場所である。坊・泊両港を一望に見渡せる位置にあり、現在は住民の憩いの場所になっている。

三方を海に囲まれた薩摩藩にとって海辺の警備は最も重要視され、海の関所として船舶の出入り、旅人の検査などを取り締まるために津口番所を置き、また異国船の取り締まりのために中央藩庁には、異国方や唐船方が置かれ、地方には異国船番所、異国船遠見番所、火立番所が置かれた。
さらに唐船の漂着頻繁な地点には、たいてい唐通事(通訳)が置かれていた。これらは鎖国の幕藩体制下では、他の藩にない薩摩藩独特のものであった。
1704年頃の領内には、異国船番所・津口番所が二十四カ所、遠見番所が十一カ所、火立番所が十二カ所が置かれていたと言う。

坊津の津口番所は、異国船番所も兼ねており唐通事も置かれていた。坊津の外に唐通事は、阿久根、川内、羽島、串木野、片浦、加世田、秋目、山川、小根占、佐多さらに種子島、屋久島、鬼界島、奄美諸島に置かれていたと言われ、
いかに唐船の漂着が多かったかがうかがえる。またこの事は漂着に名を借りた密貿易も盛んに行われたことを意味し、薩摩藩は唐通事の育成には最も力を入れ、海外密貿易には重要なポストであった。
津口番所には、城下より武士二人(坊津では三人という)と従僕一人が詰めて密貿易や出入船の積荷を検査したり、漁船は出入りごとに届けさせたりしていたが、その都度、獲物などを差し出させていたと言う。また、船主たちは「お風呂入り」といって交替で役人を歓待したと言われている。

津口番所や異国船番所などの設置は、表面的には幕府の鎖国政策に対応するかに見えて、その実態は、少なからず海に依存する薩摩藩の幕藩体制下に行われた密貿易(抜荷)の巧妙な隠れ蓑であったと言われている。

 

 津口番所のあった場所から遠く北西方向に網代浜の双剣石が見える。
梅崎春生の「幻化」の中で主人公五郎と部下の福兵長が、酒を飲み双剣石まで泳ぐことになる岩である。この時、奄美出身の福は溺死する。

江戸時代の版画家安藤広重も描いたと言う双剣石は、雌雄があり大小の剣を立てた姿に似ていることから、この名が付けられたと言われ、高さ二十七㍍と二十一㍍の奇岩である。
梅崎春生は、終戦直前の頃、海軍暗号特技兵として坊津に駐屯。その後二十年ぶりに坊津を訪れ、遺作となった「幻化」を書いた。

その時に、「坊津二十年を憶えば、年々歳々花相似て我老いたる如し」の墨跡を残した。
「幻化」は、当時の生活不安や戦争の悲惨な体験から常に幻想におびやかされ、さまよいつづける人間の弱さ悲しさを描いたもので、昭和四十六年に坊津ロケが行われ、NHKでドラマ化された。梅崎春生は、昭和四十年七月に五〇歳と言う若さで生涯を閉じるが、翌四十一年に氏の文学的営為を賛えて、この峰ケ崎に記念碑が建てられ、

「人生 幻化に似たり 梅崎春生」の文字が刻まれている。

辞書によれば「幻化」とは、「万物、皆幻の如く変化すること」と説明され、「徒然草」の一説「人の心不定なり、物みな幻化なり、何事か、しばらくも住する」が例挙されている。
五〇歳で、この世を去った梅崎春生。自己の生存の根源を問い続けながらも、その虚無感のなかで、なおもって自分に向かって
「しっかり歩け!」「元気出して歩け!」と叫んでいる。
「人生は無常である。その無常を胎中に飲み込みながら、ひたすら生を全うする。」
そんな事を考えながら、双剣石を眺めていると、葬式花ダチュラの花を思い出す。

梅崎春生が冥府の花と形容した朝顔を数倍も大きくした花。南方の花で原名をエンゼルストランペットと言うらしいが、大きさ故に重々しくうなだれる様に咲く。無常と言う荒野の中でも、ひたすら純粋無垢の白さを輝かせる。
思わず立ち止まり見入っていると「幻化」の世界に誘い込まれて行くようであった。

 

 

<12泊浦へ□□□□□10 密貿易屋敷跡(倉浜荘)>

2018年05月10日